高島宏平のwiki略歴!生まれ・中学・高校は?大学は東大、マッキンゼー出身!

2020年5月24日放送の「坂上&指原のつぶれない店」に出演していたオイシックスの社長「高島宏平」さんが今話題となっています!

この記事では、高嶋宏平さんの略歴、中学、高校、大学、マッキンゼーを経てのオイシックスの創業までご紹介していきます。

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高島宏平のwiki略歴


高島宏平
  • 名前:高島宏平
  • なまえ:たかしまこうへい
  • 生年月日:1973年生まれ
  • 出身:神奈川県生まれ
  • 出身中学
  • 出身高校:聖光学院高校
  • 学歴:東京大学大学院工学系研究科修了
  • 所属:オイシックス代表取締役社長

高島宏平さんは1973年生まれ。

出身は神奈川県。

お父様が転勤族で、幼稚園、小学校合わせて、なんと5回もの転園、転校を繰り返します。

高島宏平さんは、幼少時代はあまり身体が丈夫ではなく、それを克服するため、小学生時代からサッカーを始めます。

当時、サッカーアニメ「キャプテン翼」が流行っていてその影響もあったとか。

そして中学から中高一貫の男子校へ進学。

高校時代は体育祭を復活させるなど、さまざまなリーダー役を経験します。

そして大学時代は、学生の国際交流活動、ベンチャー企業でのバイトに明け暮れるように。

そのまま大学院に進み、自らベンチャー企業も立ち上げました。

そして大学院修了と同時に、外資系コンサルティング会社のマッキンゼーに入社。

2000年5月の 退社まで、Eコマースグループのコアメンバーとして活躍します。

2002年退職後の翌月の6月、インターネットを通じて、安全でおしい食材を一般家庭に宅配するオイシックス株式会社を設立。

代表取締役社長に就任しました。

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高島宏平の中学は聖光学院中学


高島宏平さんは、中学校、高校は中高一貫の男子校「聖光学院中学」に進まれました。

聖光学院中学は神奈川県を代表する中学校。

偏差値は「73」。

神奈川の秀才男子が集まる名門校です。

この名門校の学びの環境で育った高島さんは中学3年生のときに、希望者を募ってカナダに体験旅行に行く学内行事に参加。

1学年で40人位ずつ、3チームくらいの班に分かれて旅行するものだったのですが、そこで高島さんは班のリーダーを経験します。

ただ、そのチームは3チームの中で「一番できない人たちが集まった班」だったようです。

「ピンチになると燃えてくるタイプ」。

それが高島宏平さんでした。

高嶋さんは自分なりに責任感を持って頑張ってチームを盛り上げていきます。

そして、無事にチームのみんなとの旅は終了。

そこで培った「リーダーの立場の面白さ」が今の高島さんの原点となりました。

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高島宏平の高校は聖光学院高校


高校はそのままエスカーレーターで「聖光学院高校」に進まれます。

そして、ここでもいろいろリーダー的な役割を経験。

学園祭の実行委員、劇団の立ち上げ、そして体育祭の復活などを担いました。

特に体育祭は、学校の代表的行事でありながら、当時の聖光学院高校では実施していなかったんです。

高島さんは、「じゃあ、自分たちで体育祭を立ち上げよう!と。みんなを巻き込んで、体育祭を実現。

このとき、リーダーとして何かを企んで、それを実現してみんなと喜びを共有。

チームで何かを達成した時の一体感って、最高のエクスタシー!やっぱりリーダーは面白い!

と感じるようになったとか。

そしてこの時、将来は「何かしらのリーダーになりたい!」

そう強く思うようになったみたいです。

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高島宏平の大学は東京大学!


高島さんは「もともと自分はバリバリの文系タイプ」だったと当時を振り返ります。

ただ、大学は「理系の工学部」を目指して受験しました。

理系から文系への転向は簡単かもしれないけど、文系から理系への転向は難しいと考えた結果のようですね。

将来リーダーの立場になった時、理系の考え方を身につけておいたほうが有利だという思惑もありました。

東京大学に入学すると、ISEC(アイセック)という、学生の国際的インターンを支援する世界最大規模のNPO学生組織の活動にのめり込みます。

海外の学生たちを交え、交流会や国際会議を開催する団体です。

高島さんは、台湾の学生との交流イベントを立ち上げました。

一方、高島さんは学生団体のかたわら、ベンチャー企業でのアルバイトも経験します。

バブルが崩壊した直後だったものの、学生イベントを企画しスポンサーを募ったり、PHSの販促を手伝ったりしました。

その他、学生を集めたクラブイベントもいくつか開催。

東京都と組んだ「ストップ・エイズ」イベントや、当時、核実験を推進していたフランスのシラク元大統領への反対イベントなども開催していてかなりアグレッシブに大学時代を過ごされています。

そして、高島さんは、東京大学大学院へ進むことに。

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東京大学大学院ではインターネットの会社をたちあげる


高島さんはその後、東京大学の大学院へ進学。

1990年代後半は、ウィンドウズ95が登場して間もなく、インターネットの台頭が始まった頃でした。

高島さん自身「インターネットにはすごい可能性がある。この世界にタッチしておくべきだと強烈に感じた」と語っています。

そして、大学時代の仲間に声をかけ、会社を立ち上げてインターネットに関わってみようと「有限会社コーヘイ」を設立。

シルバーアクセサリーや格安航空券のEコマース、秋田県で開催された炭鉱サミットの世界同時ネット中継、沖縄と東京のクラブをインターネットで中継しあうイベントなどを実現されています。

この大学院での経験が「社長業って意外と面白いかもしれない、将来、自分で会社を経営していくという選択肢が明確になった」きっかけと言われています。

高島宏平はマッキンゼー出身


高島さんは東京大学大学院を卒業後、世界屈指の外資系コンサルティングファーム「マッキンゼー」に就職されます。

マッキンゼーでは、大学院時代の経験を活かし、大手企業のインターネットビジネスに進出プロジェクトを中心に担当。

当時は、まだインターネットに詳しいコンサルタントが少なく、高島さんはそこで大活躍します。

会社の面白いプロジェクトにどんどん声をかけられ、大手企業の役員と直接交渉できる機会や『東洋経済』や『ダイヤモンド』などのビジネス誌への執筆も頼まれるようになりました。

高島宏平は2000年オイシックス創業!


高島さんはマッキンゼーのコンサルタントとして仕事をしながら、毎週末、大学院時代に立ち上げた「コーヘイ」メンバーと集まっては勉強会と称して事業計画を練るようになっていきます。

インターネット関連のビジネスを立ち上げようと思いながら、常に考えていたのは、自分たちが一番熱意を捧げられる事業領域はどこかということ。

「いつの時代も人間が必要とするもの」「なくなったら困ってしまう新しいビジネス」を立ち上げようと常に考え、行き着いたのが「食品」だったそうです。

当時は、カタログを使った自然食品の宅配事業会社はいくつかありました。

しかしその多くは、いいものをつくる「生産者を助けること」がコンセプトの中心。

消費者が体にいいものを安心に食べられ、そして気軽に購入できるというものではありませんでした。

そして高島さんは決めます。

インターネットを使って、「人々の食生活をサポートできる仕組みをつくろう」と。

そして当時の10人の仲間と一緒に設立したのが、オイシックス株式会社。

マッキンゼーに入社後、わずか2年後の出来事でした。

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